ぼくたちと駐在さんの
700日戦争


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車椅子で頑張っているのにv-117

トラックの運転手、なんと言うことをv-237v-237v-237
04/11 16:59 By:名もない読者 URL
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グレート井上さんいいこと言いますね
>つまり絶対的多数向けに作られてるだけってことだ

まさにその当理だと思います
でもそう考えると日本っておかしいですよね
老人が多いのに、介護施設や、そこで働く人が圧倒的に足りてません
こんな状況は早く何とかしてほしいものです
03/26 18:46 By:大福 URL
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少しシャイな自分は84話出てからのコメントで^^;

もう20年以上前の小学校1〜2年生の時に股関節の病気で入院したことがありました。
ペルテス病という病気で簡単に説明すると股関節の骨頭が壊死してしまうため、歩くと骨頭が圧迫されてつぶれてしまう病気だったんです。(小学校の頃の話で曖昧な知識ではありますが・・・・

両親は退院するまで3年はかかるといわれた様で養護学校のある病院に入院することになりました。

学校が併設されているため、入院生活自体は寮に入ってる感覚で過ごした記憶があります。
友達もほとんどが同じ病気であったため治療用の装具(太ももから地面に第三の足が伸びたようになっている物)や車椅子の日常生活を送り、寝るときは病気になった方の足を牽引するのは当たり前になっていました。

グレート井上君の言葉にあったようにみんながそうだからあたり前になっていたんです。
寧ろ親戚がお見舞いに来たときに「大変だねぇ、がんばるんだよ」と言われても何のことだかわからない状態でした。子供ながらに雰囲気はわかるので悲しい気持ちになりましたがね・・・(これがまさに両者の「あたりまえ」の違いだったのでしょう)

パラリンピックを見ると当時体育館で車椅子+装具装着者+松葉杖の友達とみんなでサッカーしていたのを思い出します。ちゃんと役割分担をしていて
・車椅子は横を向いてDF
・装具装着者はフットワークを生かしたMF
・松葉杖は杖を軸にした強いシュートの打てるFW
でした(笑)

ペルテス病は若いときになったほうが完治しやすいと当時親が聞いてますので、完治した自分は幸せだと思います。
高校ではラグビーで花園の2歩手前までいったチームのレギュラーだった位に完治しました^^v(これで妹に個人特定されちゃいます><

体が不自由な方も含めて世の中にはいろんな違いを持った方々がいらっしゃいます。
その違いを受容することが問題を解決に向かわせる第一歩になる事が大半ではないでしょうか。
その違いを受容する事をいつも少数派や弱者と呼ばれる人に任せっきりしないことって意外と難しいとグレート井上君に改めて教わった気がします。
03/26 02:20 By:とらい URL
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くろわっさん、コメ返しありがとうございます。
泪ちゃんが書いておいてくれてますが
私、女の子ですからね。
コメントに女の子らしさが無いので間違えてもしょうがないですね。
中学校、勉強は少し憂鬱ですが、部活はとても楽しみです。
ちなみに吹奏楽しようかなぁ、と思ってます。
03/25 13:10 By:風上 URL
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>のらくろさん
ありがとうございます

次回のイベント行くときは、誰が付けていなかろうと『yaf』名札つけていきます

お会いできたら嬉しいです
03/25 01:26 By:yaf URL
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