「なんだ・・・こりゃ?」
西条くんが、薄暗い電球が照らし出した、壁一面の布を見つけて言いました。
「それ・・・・千本針・・・だ・・・・」。
そうです。孝昭くんがいつか話していた、原爆ばあさんの怪談に登場していた千本針。
戦地に赴く人に、地域の婦人たちがひと針ひと針縫った手ぬぐい。
「やっぱり・・・この神社に奉納されてたんだ・・・・」。
「これくらいの広さなら、なんだってできんな・・・」
と、西条くん。
「うん・・・」
僕と西条くんは、「それらしき痕跡」を探そうとしました。
が。
「やっぱりね。来ると思ってたよ」
「え!?」
「原爆ばあさん・・・・・!」
小雨の中、ほっかむりだけで立っていたのは、原爆ばあさん、その人でした。
「やっぱアンタだったのかい」
「いえ。どうして?」
「聴かなかったのかい?その千本針、はったのはアタシだよ」
僕と西条くんは、倉庫を出て、外におりました。
「おこり地蔵さん、知ってたのはアンタだろ?」
僕を指して言いました。
「ええ・・・。昔少し調べたんです。でも、なんで・・・」
「孝昭のヤツから話聴いてね。調べに来るだろうと思ってさ」
「いや・・・孝昭は・・・お神輿が昔出てた、までしか言わなくって」
「へ?」
「あとはお姉さんの・・・」。
「生理の話とパンツの話」。
「だけ・・・」。
「あっはっはっは。それにしちゃ、よくわかったね?」
「ええ・・・まぁ」。
僕は推理のあらましを、原爆ばあさんに話しました。
すると、原爆ばあさん、
「まぁ・・・ここは昔っからろくなことにゃ使われなかったのさ」
「やっぱり?」
「いや。勝手な誤解しちゃいけないよ。昔は結婚前は厳しかったからねぇ。通りから奥まってるここは、ちちくり合うにはちょうどいい場所だったのさぁ。そこには布団まで置いてあったんだから」。
「ちちくり・・・・」。
「まぁ、田舎にゃ『連れ込み宿』なんてシャレたもんはないからね。合意のも・・・商売も、いろいろね」。
商売・・・?
「それって売・・・」
「西条。僕らの生まれた年あたりだよ。完全に禁止されたの」
<実際には、昭和22年GHQの勅令によって売春は禁止されたが、公娼制度というものが残っていた。昭和31年 売春防止法発布。いわゆる「赤線」がなくなるのは昭和33年を待たなくてはならなかった>
「は。よく知ってるね。ボウズ。ま、合法だか非合法だか知らないが、男が世にいる限りぁあなくなんないね。あの商売は」
「・・・・・・・・」
「だからねぇ。人を近づけたくなかったのか、ここには昔っからいっぱい怪談があった。笛とか、女の悲鳴とか、狐火とかね。とりたててアタシがつくったわけじゃないんだ」
「そうだったんですか・・・・」
怪談の謎は、やはり原爆ばあさんによって解かれました。
「そ。けどね。ろくでもないことに使われたのも確かなんだ。アタシもね・・・・」
ここでお婆さんの言葉は止まりました。
僕は、孝昭くんが言った「話したくないこともいっぱいある」という言葉を思い出して
「あ。いいです、お婆さん。それ以上は」。
「うん。いいぜ。ばばぁ・・・様」。
「もう・・・いいんだよ」。
「はい?」
「もう残り少ないからさ。おこり地蔵さんを知ってるアンタに話しておこうと思って。それで来たんだ。孝昭にゃちょっとしゃべりづらくってさ」
残り・・・・少ない・・・・???
「ま。年寄りだしね。いつお迎え来たっていいから。その前に・・・」
「ええ・・・・」
「アタシもね。こっち来た時は、未亡人ってだけで、好奇を抱くヤツがいっぱいいてね」。
「・・・・・」。
西条くんは、原爆ばあさんを「昔は奇麗だったはず」と言いました。
それは間違っていなかったのかも知れません。
「ピカはうつる、うつるとか言いながら・・・」
「・・・・・」。
「それは我慢もできた。もし、アタシが逆だったらどうだったろ、って考えればね。得体の知れないもんは怖いから」
「はい・・・・・」。
「けどね。そういう時だけはさぁ。平気で触りやがってさぁ」
「・・・・!」
「ピカうつるんなら触んなきゃいいだろ?どいつもこいつもさ!」
それは何十年前の、
誰に言っているのか、
「最初はね。つけこまれたって言うか・・・・」
「ええ・・・」
「まぁ・・・あたしゃ他所もんだしね・・・。そいつらぁ隣り町の地主の息子らだった」
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
「あたしゃ字ぃ書けないからね。ヘタなことしないだろうって思ったのか、あいつらぁ、小銭わたすんだ」
「・・・」
「初めは、コンチクショー!って思ったけど・・・ちょうど息子がね。火傷おって。銭・・・必要だった。なんとか跡残んないようにって・・・」
「けど、ここいらじゃピカ雇ってくれるとこもなくって。てか、字ぃ書けないんだから、普通雇わないよねぇ。あはははは」
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
「まぁ、あとはお互い様。持ちつ持たれつ、だよ。町でも噂んなって・・・・」
原爆ばあさんは、それ以降については話そうとしませんでした。
<本日シリアスなまま2話連続です。第60話へ→>
西条くんが、薄暗い電球が照らし出した、壁一面の布を見つけて言いました。
「それ・・・・千本針・・・だ・・・・」。
そうです。孝昭くんがいつか話していた、原爆ばあさんの怪談に登場していた千本針。
戦地に赴く人に、地域の婦人たちがひと針ひと針縫った手ぬぐい。
「やっぱり・・・この神社に奉納されてたんだ・・・・」。
「これくらいの広さなら、なんだってできんな・・・」
と、西条くん。
「うん・・・」
僕と西条くんは、「それらしき痕跡」を探そうとしました。
が。
「やっぱりね。来ると思ってたよ」
「え!?」
「原爆ばあさん・・・・・!」
小雨の中、ほっかむりだけで立っていたのは、原爆ばあさん、その人でした。
「やっぱアンタだったのかい」
「いえ。どうして?」
「聴かなかったのかい?その千本針、はったのはアタシだよ」
僕と西条くんは、倉庫を出て、外におりました。
「おこり地蔵さん、知ってたのはアンタだろ?」
僕を指して言いました。
「ええ・・・。昔少し調べたんです。でも、なんで・・・」
「孝昭のヤツから話聴いてね。調べに来るだろうと思ってさ」
「いや・・・孝昭は・・・お神輿が昔出てた、までしか言わなくって」
「へ?」
「あとはお姉さんの・・・」。
「生理の話とパンツの話」。
「だけ・・・」。
「あっはっはっは。それにしちゃ、よくわかったね?」
「ええ・・・まぁ」。
僕は推理のあらましを、原爆ばあさんに話しました。
すると、原爆ばあさん、
「まぁ・・・ここは昔っからろくなことにゃ使われなかったのさ」
「やっぱり?」
「いや。勝手な誤解しちゃいけないよ。昔は結婚前は厳しかったからねぇ。通りから奥まってるここは、ちちくり合うにはちょうどいい場所だったのさぁ。そこには布団まで置いてあったんだから」。
「ちちくり・・・・」。
「まぁ、田舎にゃ『連れ込み宿』なんてシャレたもんはないからね。合意のも・・・商売も、いろいろね」。
商売・・・?
「それって売・・・」
「西条。僕らの生まれた年あたりだよ。完全に禁止されたの」
<実際には、昭和22年GHQの勅令によって売春は禁止されたが、公娼制度というものが残っていた。昭和31年 売春防止法発布。いわゆる「赤線」がなくなるのは昭和33年を待たなくてはならなかった>
「は。よく知ってるね。ボウズ。ま、合法だか非合法だか知らないが、男が世にいる限りぁあなくなんないね。あの商売は」
「・・・・・・・・」
「だからねぇ。人を近づけたくなかったのか、ここには昔っからいっぱい怪談があった。笛とか、女の悲鳴とか、狐火とかね。とりたててアタシがつくったわけじゃないんだ」
「そうだったんですか・・・・」
怪談の謎は、やはり原爆ばあさんによって解かれました。
「そ。けどね。ろくでもないことに使われたのも確かなんだ。アタシもね・・・・」
ここでお婆さんの言葉は止まりました。
僕は、孝昭くんが言った「話したくないこともいっぱいある」という言葉を思い出して
「あ。いいです、お婆さん。それ以上は」。
「うん。いいぜ。ばばぁ・・・様」。
「もう・・・いいんだよ」。
「はい?」
「もう残り少ないからさ。おこり地蔵さんを知ってるアンタに話しておこうと思って。それで来たんだ。孝昭にゃちょっとしゃべりづらくってさ」
残り・・・・少ない・・・・???
「ま。年寄りだしね。いつお迎え来たっていいから。その前に・・・」
「ええ・・・・」
「アタシもね。こっち来た時は、未亡人ってだけで、好奇を抱くヤツがいっぱいいてね」。
「・・・・・」。
西条くんは、原爆ばあさんを「昔は奇麗だったはず」と言いました。
それは間違っていなかったのかも知れません。
「ピカはうつる、うつるとか言いながら・・・」
「・・・・・」。
「それは我慢もできた。もし、アタシが逆だったらどうだったろ、って考えればね。得体の知れないもんは怖いから」
「はい・・・・・」。
「けどね。そういう時だけはさぁ。平気で触りやがってさぁ」
「・・・・!」
「ピカうつるんなら触んなきゃいいだろ?どいつもこいつもさ!」
それは何十年前の、
誰に言っているのか、
「最初はね。つけこまれたって言うか・・・・」
「ええ・・・」
「まぁ・・・あたしゃ他所もんだしね・・・。そいつらぁ隣り町の地主の息子らだった」
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
「あたしゃ字ぃ書けないからね。ヘタなことしないだろうって思ったのか、あいつらぁ、小銭わたすんだ」
「・・・」
「初めは、コンチクショー!って思ったけど・・・ちょうど息子がね。火傷おって。銭・・・必要だった。なんとか跡残んないようにって・・・」
「けど、ここいらじゃピカ雇ってくれるとこもなくって。てか、字ぃ書けないんだから、普通雇わないよねぇ。あはははは」
「・・・・・・」。
「・・・・・・」。
「まぁ、あとはお互い様。持ちつ持たれつ、だよ。町でも噂んなって・・・・」
原爆ばあさんは、それ以降については話そうとしませんでした。
<本日シリアスなまま2話連続です。第60話へ→>
- 関連記事
-
- 『桜月夜』 第60話
- 『桜月夜』 第59話
- 『桜月夜』 第58話
かなしいですね…
何も言えません
いつも、楽しく読ませていただいております。
コメント欄を見ると投稿がなかったので嬉しくなってかきこんじゃいました。
これからも、楽しみにしております。
初一番のり
うれしいけどストーリーが重いので複雑…
原爆ばあさん・・・・・
原爆ばぁさんにそんなコトあったなんて…
それにしてもママチャリさんの推理さすがですね
孝昭クンは、ケガだいじょぶですかね
悲しいですね・・。
でもそこまで推理できたママチャリ、やっぱりすごいな。
高校生相手にえげつない話…。
あまり聞かせたくない話。哀しい話ですね。
そういうことだったのかぁ・・・。なんか物語も佳境になってきましたね・・・。
一番?
かなりえげつないですね…
実際にこんなことが普通にあったと思うと寂しいです…
生きるためとはいえ本当に辛いことです。私は地元が広島で、小さい頃から様々な場面で当時の話を聞いてきているので、余計に辛いです。原爆ばあさんは何故語る気になったのでしょうか。やはり怒り地蔵の話のためなのでしょうか?
原爆ばあさんにそんな過去が…
悲しいですね
人の身勝手さと悲しさを感じました。
おばあさんの過去は「広島」だけではなく、それに付随する重たいものを背負っているのですね…(ノ_・。)
いつの時代も居るけど 許せねえ 他人の弱味につけこむ奴ら オイラが西条だったら そいつらトッチメただろうな 大魔人はよ
ばばー様
くろわっサン、2話連続アップお疲れ様です
すごく苦しくて…
続きを読むのが、ちょっと躊躇われます…
あぁぁぁ・・・
泣きそうです。。
悪いことと思うのですが、なんだか、その地域の習慣とか文化とか、いろんなものも否定してしまいそうで、なんとも言えません。
時代が変わっても心までは変わりませんよね。
今後のママチャリと西条の行動が気になりますね!
ひょっとして千本針の意味って・・・・。
しかし西条くん、女の人については鋭い!!
重いですねぇ・・・。
聞く側のママチャリくんたちもつらいでしょうが、
話すおばば様もつらいでしょうね・・・。
続き、読んできます。
このコメントは管理人のみ閲覧できます
おばあさんの気持ちが、やり切れないです。
そんな場所にお稲荷さんが今でも使われていなければいいんだけど。。
願いでしかないのかな。
。。残り少ない?
次読もうっと。
原爆ばあさんにもそんな過去があったのですね
しかも昔は法で禁じられていなかったなんて
怪談話は昔からあった物だったんですね。てっきり原爆ばあさんの創作かと思ってました。
昔はやっぱり色々あったんですね。生きていく上、子供のため、生活のため。
今から続きをすぐに読みますね(*≧m≦)
重いなぁ
原爆ばあさんも大変だったんだね(可愛そうに)
子供のために、おばあさんは死にたくなるほどの屈辱をがまんしたんでしょうね。
その強さに脱帽します。
原爆ばあさんよく頑張りましたね
ちょっと重い話ですね…
原爆ばあさんにも
辛い過去があったんだ…
なんか苦しいですね...