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第28話 リョウくんの空(2)

リョウくんの病室は、小児病棟でしたが、棟としては西条くんと同じで、階数だけが上でした。
僕は、かつてそういう「重病」な子供に会ったことはありません。正直に言えば、憂鬱でしょうがありませんでした。
「リョウく~ん。サイジョーつれてきたよ〜!」
「・・・あとケライと」
うーん。なんとかこの6歳児に「ともだち」という認識を与えられないものでしょうか?
「サイジョー!」
そこにベッドに横たわった男の子がいました。彼もまた「サイジョー」が来たことを、ものすごく喜んでいるようでした。
つきそっているのか、看護婦さんが横に座っていて、
「あら?西条くん、また来てくれたの?」
ミカちゃんが先に答えます。
「そーなの!今日はケライもいっしょなんだお!」
会釈する僕たち。
ケライと紹介されたところで会釈するから良くないようにも思えるのですが。
看護婦さんは、西条くんの担当とは違うかたで、年の頃なら30代後半。すでにベテランの雰囲気がありました。
彼女は椅子から立ち上がり、とてもやさしい笑顔で、僕たちに会釈を返しました。
彼は・・・・リョウくんは、確かに健康な子、というものとは違いましたが、想像していた「パイプだらけの少年」でもなく、少なくとも僕たちの目には「来月が怪しい」というほどには見えませんでした。
ただ、確かに子供独自のオーラみたいなのが感じられなかったことも確かなのですが。
西条くんは、早くもリョウくんの枕元へ行って、なにやら人形を使った遊びを開始していました。
「この子たち、西条クン大好きなのよ? けっこう長く入院してるけど、この子たちがこんなになついた人、初めて」
「そうですか。アイツ、子供にはへんな才能あるから」
「うん。女には才能まったくないのにな」
「12歳くらいに特別なボーダーラインがあるんだよな。西条」
これに少し含み笑いしながら看護婦さん、
「あの子にしてもね、小学生になってないから、ほとんど私たち職員とお母様とミカちゃんにしか会わないでしょ。助かってるわ」
ん?
僕はこの時すこしひっかかったことがありました。
「西条くん。けっこう遊んでくれたり、デタラメな話だけどお話してくれたり、すごくやさしいのよ」
「デタラメな話?」
「そうそう。こないだなんかね。おまわりさんを花火でやっつける話とか。そばで聴いてて笑っちゃったわ」
いえいえ。それ実話ですから。
まぁ。フツウ信じませんけどね。
おとぎ話になっちゃってます。駐在さん。よかったね。
西条くんが僕たちに声をかけました。
「お前らもこっちこいよ」
「あ、ああ。今行くよ」
看護婦さんが「20分だけよ」と、腕時計を見て、注意を入れました。
20分だけ・・・。この時間制限が、彼の病状を物語っていました。
僕たちはリョウくんのベッドによりそって、そしてその窓から見える景色を焼き付けました。
景色の中に、そんなに高い建物はありません。
ちょっとした家並みの向こうに、川が流れていました。
「あそこだな」
僕は森田くんに言いました。
「うん。あそこなら河川敷も広い。なんとかなるよ」
四角く区切られたキャンバスみたいな空。
それがリョウくんの空です。
「ネエ。おにいちゃんたち、花火あげてくれるってホント?」
「あ・・・? ああ、ホントだよ。今夜。窓の外見ててね。8時だ」
「ウン。おっきい花火だよね?」
「ああ。おっきいぞ」
「花火大会くらい?」
「ああ。まるでそのものだ」
と言うか、花火大会のヤツをかっぱらって来たわけですから。
「それって天国から見える?」
!
「え・・・・・」
孝昭くんたちには、意外な質問のようでしたが、実は僕にはけして予想外な台詞ではありませんでした。
先ほどの看護婦さんの話の中で「お父さん」の存在がないことが、僕は気になっていたのです。
ミカちゃん、
「ミカたちのお父さんねぇ。天国にいるのね。だからちっちゃい花火じゃ見えないでしょ?」
「去年いっしょに見るはずだったんだよねー」
「ウン。でもボク入院しちゃったでしょ?だから見れなかったの」
子供たちにとっては、その言葉に苦渋はありません。
彼らには「この世」と「天国」の差は、この町と東京くらいな差しかないのです。きっと。
しかし、そのくったくのなさが、僕たちにはずいぶんと重く感じられました。
「ああ。見えるよ。すっごいおっきい花火だからさ。絶対見えるさ」
「やった!」
と言ったところで、突然イカデビルが襲って来ました。え?なんだそりゃって、西条くんがソフビの人形で襲いかかって来たのです。
彼はこれ以上に話が重くなるのを嫌ったのだと思います。
「イ、イテテ。なにすんだこら!」
「俺、イカデビルやるから、お前ライダーな」
僕にライダーのソフビを渡す西条くん。
「お、おお。来い!」
「ふっふっふ。そこまでだなライダー!」
「なにを魚介類のくせに生意気な」
「はっはっはっは。甘いなライダー。お前が昆虫類だということを忘れたか。来い!フンコロガシの親戚」
「なにお!やるか?寿司ネタ!」
ああ・・・しょーもない。
「よしこい!バッタ!」
「く、くそ!バッタジャーンプ! トノサマキーック!」
「はっはっは。所詮昆虫だな。多足類にも劣るやつ。改造されて殴る蹴るか?くらえ!イカ墨ビーム!」
「う、うわぁ。黒いのにうまそうだ!・・・こうなったら秘密兵器だ!ウマオイパンチスイーッチョン!」
「く、くそ!なんだか知らないがスイッチオンに聴こえるとこがすごいぞ!」
僕たちは、こういう馬鹿げた人形劇を普段でも(?)やっていたので、実に手慣れたものでした。
ライダーがやられるたびに、きゃっきゃ言いながら喜ぶリョウくんとミカちゃん。
ヒーローもへったくれもありません。
僕たちは、看護婦さんに止められるまでの20分めいっぱいを、彼らと遊び、その病室を後にしました。
重い空気が流れていました。
こういう時、いつも最初に話し出すのは孝昭くんです。
「うーん。そういうことだったのか」
「わりい。俺も知らなかった」
西条くんが本当に知らなかったのかどうか、それは今もわかりません。
その後の看護婦さんの話では、ミカちゃんたちのお父さんは、リョウくんが一度目の退院をした時、癌で倒れ、あっと言うまに亡くなられたのだそうです。いわゆるスキルスというやつです。
お父さんは、子供の病気を知るや、多額の保険に入っていたため、この保険金で今の入院生活を送っていられるのだとか。保険のCMみたいな「愛」を残したわけです。
しかし、それでもお母さんの苦労、苦悩は計り知れません。
「この職業についているといつも思うけど、神様っていないものなのよね」
看護婦さんが最後に言った言葉が心に残りました。
「打上、できそうか?」
西条くんが心配そうに聴きました。
「ああ、心配すんな。親方からイヤというほど聴いてきたからさ」
答える森田くん。
「泥棒にやりかた教えるってのも気の毒だったよなぁ」
「うん。でもそれ以上に話聴いてやったから」
「ところで看護婦さん、花火のこと聴いてたけど大丈夫か?」
「まぁ。本気にしてないからな。信頼ないから、俺の話。それに通報しようのある話でもなし」
確かに。
通路側の窓が開いていました。そこから少し涼しい風が入って来ます。
見上げると、そこにはさっき見たリョウくんの空が、
静かに夜を待っていました。

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第28話 リョウくんの空(2)

リョウくんの病室は、小児病棟でしたが、棟としては西条くんと同じで、階数だけが上でした。
僕は、かつてそういう「重病」な子供に会ったことはありません。正直に言えば、憂鬱でしょうがありませんでした。
「リョウく~ん。サイジョーつれてきたよ〜!」
「・・・あとケライと」
うーん。なんとかこの6歳児に「ともだち」という認識を与えられないものでしょうか?
「サイジョー!」
そこにベッドに横たわった男の子がいました。彼もまた「サイジョー」が来たことを、ものすごく喜んでいるようでした。
つきそっているのか、看護婦さんが横に座っていて、
「あら?西条くん、また来てくれたの?」
ミカちゃんが先に答えます。
「そーなの!今日はケライもいっしょなんだお!」
会釈する僕たち。
ケライと紹介されたところで会釈するから良くないようにも思えるのですが。
看護婦さんは、西条くんの担当とは違うかたで、年の頃なら30代後半。すでにベテランの雰囲気がありました。
彼女は椅子から立ち上がり、とてもやさしい笑顔で、僕たちに会釈を返しました。
彼は・・・・リョウくんは、確かに健康な子、というものとは違いましたが、想像していた「パイプだらけの少年」でもなく、少なくとも僕たちの目には「来月が怪しい」というほどには見えませんでした。
ただ、確かに子供独自のオーラみたいなのが感じられなかったことも確かなのですが。
西条くんは、早くもリョウくんの枕元へ行って、なにやら人形を使った遊びを開始していました。
「この子たち、西条クン大好きなのよ? けっこう長く入院してるけど、この子たちがこんなになついた人、初めて」
「そうですか。アイツ、子供にはへんな才能あるから」
「うん。女には才能まったくないのにな」
「12歳くらいに特別なボーダーラインがあるんだよな。西条」
これに少し含み笑いしながら看護婦さん、
「あの子にしてもね、小学生になってないから、ほとんど私たち職員とお母様とミカちゃんにしか会わないでしょ。助かってるわ」
ん?
僕はこの時すこしひっかかったことがありました。
「西条くん。けっこう遊んでくれたり、デタラメな話だけどお話してくれたり、すごくやさしいのよ」
「デタラメな話?」
「そうそう。こないだなんかね。おまわりさんを花火でやっつける話とか。そばで聴いてて笑っちゃったわ」
いえいえ。それ実話ですから。
まぁ。フツウ信じませんけどね。
おとぎ話になっちゃってます。駐在さん。よかったね。
西条くんが僕たちに声をかけました。
「お前らもこっちこいよ」
「あ、ああ。今行くよ」
看護婦さんが「20分だけよ」と、腕時計を見て、注意を入れました。
20分だけ・・・。この時間制限が、彼の病状を物語っていました。
僕たちはリョウくんのベッドによりそって、そしてその窓から見える景色を焼き付けました。
景色の中に、そんなに高い建物はありません。
ちょっとした家並みの向こうに、川が流れていました。
「あそこだな」
僕は森田くんに言いました。
「うん。あそこなら河川敷も広い。なんとかなるよ」
四角く区切られたキャンバスみたいな空。
それがリョウくんの空です。
「ネエ。おにいちゃんたち、花火あげてくれるってホント?」
「あ・・・? ああ、ホントだよ。今夜。窓の外見ててね。8時だ」
「ウン。おっきい花火だよね?」
「ああ。おっきいぞ」
「花火大会くらい?」
「ああ。まるでそのものだ」
と言うか、花火大会のヤツをかっぱらって来たわけですから。
「それって天国から見える?」
!
「え・・・・・」
孝昭くんたちには、意外な質問のようでしたが、実は僕にはけして予想外な台詞ではありませんでした。
先ほどの看護婦さんの話の中で「お父さん」の存在がないことが、僕は気になっていたのです。
ミカちゃん、
「ミカたちのお父さんねぇ。天国にいるのね。だからちっちゃい花火じゃ見えないでしょ?」
「去年いっしょに見るはずだったんだよねー」
「ウン。でもボク入院しちゃったでしょ?だから見れなかったの」
子供たちにとっては、その言葉に苦渋はありません。
彼らには「この世」と「天国」の差は、この町と東京くらいな差しかないのです。きっと。
しかし、そのくったくのなさが、僕たちにはずいぶんと重く感じられました。
「ああ。見えるよ。すっごいおっきい花火だからさ。絶対見えるさ」
「やった!」
と言ったところで、突然イカデビルが襲って来ました。え?なんだそりゃって、西条くんがソフビの人形で襲いかかって来たのです。
彼はこれ以上に話が重くなるのを嫌ったのだと思います。
「イ、イテテ。なにすんだこら!」
「俺、イカデビルやるから、お前ライダーな」
僕にライダーのソフビを渡す西条くん。
「お、おお。来い!」
「ふっふっふ。そこまでだなライダー!」
「なにを魚介類のくせに生意気な」
「はっはっはっは。甘いなライダー。お前が昆虫類だということを忘れたか。来い!フンコロガシの親戚」
「なにお!やるか?寿司ネタ!」
ああ・・・しょーもない。
「よしこい!バッタ!」
「く、くそ!バッタジャーンプ! トノサマキーック!」
「はっはっは。所詮昆虫だな。多足類にも劣るやつ。改造されて殴る蹴るか?くらえ!イカ墨ビーム!」
「う、うわぁ。黒いのにうまそうだ!・・・こうなったら秘密兵器だ!ウマオイパンチスイーッチョン!」
「く、くそ!なんだか知らないがスイッチオンに聴こえるとこがすごいぞ!」
僕たちは、こういう馬鹿げた人形劇を普段でも(?)やっていたので、実に手慣れたものでした。
ライダーがやられるたびに、きゃっきゃ言いながら喜ぶリョウくんとミカちゃん。
ヒーローもへったくれもありません。
僕たちは、看護婦さんに止められるまでの20分めいっぱいを、彼らと遊び、その病室を後にしました。
重い空気が流れていました。
こういう時、いつも最初に話し出すのは孝昭くんです。
「うーん。そういうことだったのか」
「わりい。俺も知らなかった」
西条くんが本当に知らなかったのかどうか、それは今もわかりません。
その後の看護婦さんの話では、ミカちゃんたちのお父さんは、リョウくんが一度目の退院をした時、癌で倒れ、あっと言うまに亡くなられたのだそうです。いわゆるスキルスというやつです。
お父さんは、子供の病気を知るや、多額の保険に入っていたため、この保険金で今の入院生活を送っていられるのだとか。保険のCMみたいな「愛」を残したわけです。
しかし、それでもお母さんの苦労、苦悩は計り知れません。
「この職業についているといつも思うけど、神様っていないものなのよね」
看護婦さんが最後に言った言葉が心に残りました。
「打上、できそうか?」
西条くんが心配そうに聴きました。
「ああ、心配すんな。親方からイヤというほど聴いてきたからさ」
答える森田くん。
「泥棒にやりかた教えるってのも気の毒だったよなぁ」
「うん。でもそれ以上に話聴いてやったから」
「ところで看護婦さん、花火のこと聴いてたけど大丈夫か?」
「まぁ。本気にしてないからな。信頼ないから、俺の話。それに通報しようのある話でもなし」
確かに。
通路側の窓が開いていました。そこから少し涼しい風が入って来ます。
見上げると、そこにはさっき見たリョウくんの空が、
静かに夜を待っていました。

5章-第29話へつづく 花火、上がるか?
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すでに、涙が。。。。
やっぱりこれ、史上最強のブログ小説です。ぜったい!
すごい!
感動だお!
みなみなさまー。ありがとうございますー。
むしろここからは、どれほど深刻に書かないか、というのが大変なくらいです。
とは言うものの、次であっと言う間に涙、かわきます(笑)。
所詮「ぼくちゅー」は、「ぼくちゅうー」です。はい。
サイジョーさんのファンなんです。
彼がどんな大人になったのか
とても気になるのです。
何度読み返してもいいものはいい!
謎解きで読み返したんですが、 全部読みたくなりました
ミカちゃんとリョウ君の明るさが堪らなくやるせないです。
イカVSバッタの戦いの西条君の台詞が意外に高レベルで驚いた(笑)